絵は江戸時代後期、小松原の旅籠付近の風景です。小松原は、日高平野の日高川と西川の間、原谷から約八㌔㍍南にある熊野古道沿いの宿場集落です。
絵図では急に夕立がきたようで、徳利と破れ傘をもってかけ出す人、旅籠の軒下で雨宿りをする人らがえがかれています。駕籠かきは空を指さして何かいっています。稲光でもみたのでしょうか。両側の旅籠では夕食の準備中で魚を調理しています。
熊野古道は、原谷から小松原までまっすぐ南下すれば最短ですが、中世ころ入山の東側が不安定な土地条件だったので、そこを迂回して萩原から南東へ河岸段丘上を通っています。
その途中には三つの王子がありました。
善童子王子(御坊市湯川町富安)は、その所在地から富安王子ともいいましたが、明治四二(一九〇九)年、湯川神社に合祀されました。古道脇の跡地には小祠が祀られています。
愛徳山王子(同市藤田町吉田)と海士王子(同)は、明治四一(一九〇八)年、吉田八幡神社に合祀されています。前者の跡地には「愛徳山王子跡」の石碑、後者には小祠が建てられています。
画=岩瀬広隆、彩色=芝田浩子
(関西大学非常勤講師 額田雅裕)
(ニュース和歌山/2024年5月25日更新)