故郷の和歌浦と戦中戦後を過ごした満州での記憶をつづった『満州から引き揚げて〜八十五年の思い出』を、和歌山市の堤稔子さん(写真)が2月、風詠社から発行した。昔の和歌浦と満州の風景写真を交え、当時の生活を丁寧に記した。堤さんは「いつまでも忘れられない、忘れたくない思い出がたくさんあります。あまりにも色々経験してきたので、後世に伝えようと初めて本を書きました」とほほ笑む。
和歌浦にあったうどん店、正木屋に8人きょうだいの末っ子として1930年に生まれた堤さん。14歳の時、満州で働いていた義兄に誘われ、兄と渡った。現地の高等小学校を卒業し、敗戦まで南満州鉄道に勤務。終戦後の47年に、故郷の和歌浦へ戻って来た。
これまでの85年間の思い出を残そうと昨夏、執筆を開始。大正時代に正木屋の前で撮った家族写真や、幼少期に遊んでいた片男波海岸、明光商店街などの写真を添え、和歌浦の移り変わりをつづった1章「思い出の和歌浦」で始まる。
2章の「思い出の満州」では、ごちそうをお腹いっぱい食べた幸せな暮らしが敗戦後に一変。北朝鮮への疎開、ソ連兵の恐怖に耐えた貧しい暮らしを記している。「人生で一番心に残っているのはこのつらい体験。これで何があっても乗り越える自信がつきました」と堤さん。3、4章では、戦後の和歌浦での日常生活とともに、亡き兄姉や、家族との現在までの思い出を書き留めた。
表紙の高津子山から見た春の和歌浦の絵は、息子で画家の堤慶さんが描いた。慶さんは「私は絵で和歌浦を残していますが、母は文章で残してくれた。昔の和歌浦の人々の生活を細かいところまで書いてくれていて懐かしい。昔を知らない若い世代にも読んでもらえれば」と語る。
四六判、126㌻。1080円。松木書店、宇治書店などで販売。
(ニュース和歌山2016年4月2日号掲載)