南海電鉄加太線のめでたい電車、〝ラピュタの島〟友ヶ島、新鮮な魚介類と発信力を増す和歌山市加太。魅力の源を探るべく、江戸期の地誌書『紀伊国名所図会』に描かれた加太のモノクロ絵図をカラーにしました。彩色は、ニュース和歌山が発行した『城下町の風景』で、和歌山城下の絵図を彩った同市の芝田浩子さん。今に続く加太の輝きが浮かび上がります。 (協力=額田雅裕・和歌山市立博物館館長)

 

お日様たっぷり海の幸

 淡嶋神社へ続く道は淡島街道と呼ばれ、同神社近くには宿屋が並んでいました。海苔やワカメを収穫する光景を旅人が宿からのんびり眺めています。子連れの女性、子どもと老若男女が生き生き働いています。加太の海苔店、磯賀店の磯野卓彦さん(77)は「これは岩海苔。磯で海苔をかきだし、叩いて浜で干す。しかし、すごい光景ですね」と感心します。

修行者鍛えた厳しい自然

 描かれているのは友ヶ島4島のうち、手前左右に虎島と沖ノ島、中央奥は神島です。絵は葛城修験の修行の場としての友ヶ島が強調されています。見えにくいですが、「観念窟」「序品窟」など行場が記されています。荒々しい波に負けず島へと渡ろうとする人たちは修行者でしょうか。

 友ヶ島へ渡る船の発着場近くで飲食店「ゑびすや」を営む幸前友利子さん(59)は「今もこのままの手つかずの感じで、神秘的な雰囲気が残っています。歴史や自然はお金では買えず、なくなると取り戻せない。守っていかないといけませんね」と力を込めます。

絵=自然の荒々しさが表現された友ヶ島の3つの島

 

形見の浦 讃えられた絶景

 江戸時代の加太を一望できます。これは『紀伊国名所図会』の4㌻分の絵をつなげて作り上げた1枚です。

 右手下の堤川が湾に注ぎ込み、港には舟が数隻停泊しています。海岸に沿って街道が走り、湾の右に春日神社、左には淡嶋神社が見えます。南海道における淡路・四国への中継点だった加太、往来も盛んです。

 海を仰ぐと、最も遠方に見えるのは淡路島。低い山には有名な「千光寺」の名も。手前は友ヶ島で、4島が描かれています。和歌の浦、吹上浜と並び、万葉のころに、形見の浦と讃えられた風景が光を放っています。

 加太活性化協議会の尾家賢司会長(80)は「神社や道ぎりぎりにまで海が迫っていますね。一目で加太を感じることができ、発見があります。語り部さんも頑張っているので絵を活用できれば」と望んでいます。

写真上=堤川が湾に注ぐ姿は今も同じ 同下=役行者堂からの眺め

 

今春 『城下町の風景』増補精彩版

 江戸時代の地誌書『紀伊国名所図会』に描かれた白黒の絵に色を付け解説する「カラーでよむ紀伊国名所図会」シリーズは、額田雅裕・和歌山市立博物館館長と芝田浩子さんのタッグで『城下町の風景』『和歌浦の風景』『城下町の風景Ⅱ』とこれまで第3弾までニュース和歌山から発行してきました。

 うち第1弾の『城下町の風景』は多数問い合わせを頂くも、品切れ状態でしたが、今春、従来版の全絵図を芝田さんが新たに塗り直し、「増補精彩版」として刊行します。今号に掲載した加太の風景も加え、額田館長の解説で改めて紹介します。

 和歌山の歴史の扉を開き、魅力を鮮やかに伝える1冊になります。お楽しみにしてください。

(ニュース和歌山/2018年1月3日更新)