やあ、私はイノシシのいのこ。イノシシ村でお父さん、お母さんと3人で仲良く暮らしているよ。イノシシ小学校1年生で、好きな食べ物はタケノコ。きらいなものは人間、怖いから近づいたことは無いんだけど…。得意な科目は国語で、ひらがなはいっぱい知ってるよ。苦手な科目は体育。走るのが遅くて、いつもかけっこではビリなんだ。
私にはとっても楽しみにしていることがあって、もうすぐ4人家族になるんだ。お姉ちゃんになるんだよ。お母さんのお腹には私の弟がいる。毎日楽しみで仕方なかった。小学校で漢字の勉強をしている時も、友だちとかくれんぼしている時も、考えることはいつも弟のことだった。早く会いたいなぁ。
学校から帰ってきたある日のこと、お母さんが泣いていた。その横でお父さんも悲しい顔をしてる。事情を聞いてみると、今日の朝、お母さんが出産したんだ。かわいい、かわいい赤ちゃんを。けれど生まれたばかりの赤ちゃんから少し目を離したスキに、ほんの一しゅんだったのに、人間が連れて帰ってしまったらしい。すごく悲しかった。くやしかった。人間のことが本当に大キライになった。けれど次のしゅん間、心に決めたんだ。私が見つけだしてみせる!
私たちイノシシ族は人間のことがキライなんだ。この村の木をどんどん切ってしまって、私たちの居場所を無くすんだ。自然の食べ物もへってしまってイノシシ族にはとっても暮らしにくい。だから最近では、人間の畑や農作物を荒らして食べ物をぬすんじゃうイノシシまでいるみたい。もちろん私も人間はキライ、というか会ったこと無いし、怖い。
けど決めたんだ。弟を見つけて早く4人で暮らすんだ。私はその一心で走り出した。人間村の方へ走った。いつもはかけっこでも遅いのに、この時ばかりはすごく速かった。自分でもびっくりする位に速く走れた。
クンクン。私はイノシシだから鼻がよく利く。一軒の白い大きな家の前で足が止まった。表札には「佐藤」と書いてある。何て読むんだろう。漢字は苦手なんだ。家の中から2人の子供の声が聞こえた。兄弟らしい。「お兄ちゃん、この犬かわいいね」「うん。本当にかわいいから、絶対に家で飼ってあげよう」
その兄弟はイノシシの赤ちゃんを、かわいそうな捨て犬だと思って拾ってくれたんだ。優しそうな2人の兄弟の声に私は少しホッとした。人間は怖い人ばかりじゃないんだ。それから、どうやったら弟を返してもらえるのか考えた。私は人間とはお話できないし、どうすればいいのかな。
あっそうだ! お手紙を書けばいいんだ。近くにあった木の枝で地面にゆっくり丁寧に書いたんだ。国語で習ったひらがなで。
──わたしはいのししのいのこ。きみがひろってくれたのはわたしのおとうと。かえしてくれないかな?──
しばらくして佐藤家のおばあちゃんが帰ってきて、そのお手紙に気づいて読んでくれた。そしてクスッと笑って家の中に入っていった。
しばらくして、兄弟が2人で大事そうに毛布にくるんだものを持ちながらゆっくりと外へ出てきた。あたりをキョロキョロと見わたして少し残念そうな顔で私の弟を優しく地面に置いてくれた。
──ありがとう──
またお手紙を残して家へむかって走った。毛布にくるまれた弟をくわえながら笑顔で走った。やっと会えたね。弟が帰ってきてうれしくってたまらなかった。
家に着いた。毛布の中から元気な弟の鳴き声を聞いて、お父さんとお母さんは涙いっぱい喜んでくれた。よく見ると、弟の口の周りにはミルクのあとが残っていた。クンクン。やっぱりミルクの臭いだ。きっとあの優しい兄弟が飲ましてくれたんだ。人間は優しいんだな。怖い人ばっかりじゃないんだなぁ。すると毛布の中からするっと1枚の紙きれが落ちてきた。
──ぼくはさとういちろう。ぼくにも大切なおとうとがいるよ。またあそびにきてね──
それから何年か経った。私は今も家族みんなで楽しく暮らしている。実はお母さんのお腹には妹がいるんだ。もうすぐ5人家族になるんだよ。妹が生まれたら、弟と3人でまた佐藤一郎君の家にこっそり遊びに行こうかな。
私はイノシシのいのこ。漢字も走ることも人間も大好き。今日も村中にこのはり紙を書いてはっています。
〝人間の畑に入ってはいけません! 野菜をとってはいけません! 人間は優しい大切な友だちです!〟
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漫画家、いわみせいじ審査員…話のキーとなる、いのこちゃんがひらがなを知っていることを冒頭に何気なく語る、うまい演出です。縦棒を入れて手紙だと表し、はり紙の文は〝〟でくくるなど、書き分けする構成力もすばらしいです。
(ニュース和歌山/2019年1月3日更新)