高松の根上り松は、『紀伊国名所図会』では幾本もあり名所として喧伝されていましたが、明治末期には鶴の松と伝承されるこの松を残すのみでした。
明治四十二(一九〇九)年刊『和歌山と和歌浦』には、「根上り松の前から南へ切ならした道を下り詰めると、西手に一棟の荒敗屋(あばらや)がある」「今ある一棟の建物は、なかなか古ひ、柱から敷居(しきい)鴨居(かもい)も残らず丁(ちよ)斧(んな)削りで云々」と、電車線路敷設により撤去される直前の高松茶屋の様子を伝えています。
古書肆紀国堂店主の溝端佳則さんのコレクションを紹介します。
(ニュース和歌山/2019年2月23日更新)