高齢化の進展で、親が認知症や脳卒中で意思確認ができないようになり、資産が凍結されて家族が治療費や介護費を負担するリスクが高まっている。これに備え、事前に信託契約を結んだ家族が資産を管理できるようになる「家族信託」が注目されつつある。2月に紀陽銀行が家族信託専用の口座の取り扱いを始めた。家族信託を専門とする「つなぐ司法書士法人」の西本晋也さんは「家族に負担をかけず、老後と介護に向き合う準備として活用してほしい」と強調する。
専門家への相談増加 紀陽銀行は専用口座開設
認知能力や判断力が低下すると、銀行の預貯金が引き出せず、不動産が売却できない「凍結状態」になり、家族であっても資産管理や処分ができなくなる。例えば、父親が認知症を発症し資産が凍結された場合、家族は父親の資産を使えないまま、介護や医療にかかる費用を負担しなければならないおそれがある。
家庭裁判所に申し立てれば後見人が管理できるようになる成年後見制度があるが、裁判所へ行くことや手続きの難しさをハードルに感じ、利用しなかったり、弁護士や司法書士が後見人に選ばれたりすることが多い。この制度は本人の資産を守り、維持するのが主目的のため、必ずしも家族の意向に沿った使い方ができるとは限らない。
こうした事態への予防策として、事前に信頼できる家族に資産の管理と処分を任せる仕組みが家族信託だ。専門家を交え、家族で老後をどう過ごしたいか、財産をどのように管理し、使ってほしいかを話し合い、親の希望を反映させた契約書を作成し、親子で信託契約を結ぶ。親が託した資産は信託専用の口座へ預け、親の判断力が不十分になっても、託された子どもや家族が管理し、引き出すことができる。
家族信託は2007年施行の改正信託法で誕生。これまでは専門家が少なく、世間での認知度が低かったが、高齢化が進む中で徐々に注目されるようになった。西本さんに寄せられる相談や依頼はここ数年、毎年5倍ほどのペースで増えており、「和歌山は自宅を持っている人の割合が高く、実家で1人暮らす親が介護施設へ入る際、都会にいる息子夫婦が実家を処分できずに困っているといった相談が多い。親が元気なうちに、家族で老後のサポートと資産管理について話し合っておくことが重要です」。
紀陽銀行は今年2月、家族信託によって託された現金や不動産を管理する信託専用口座を開設するサービスを始めた。実際に親が認知症などで判断力が低下し、預金の引き出しや解約ができなくて困っている家庭が少なくないためで、同行は「『まだ若いので』と見送る人もいますが、急に当事者になるリスクがある。将来への不安を解消する選択肢の一つとして利用してもらいたい」と話す。
西本さんは「成年後見制度や贈与、遺言など老後や相続を準備する手法は様々。家族信託もその一つで、なにより老後のことを家族で話し合うきっかけにしてほしい」と望む。民法が専門の和歌山大学経済学部、吉田雅章教授は「成年後見制度に比べ、利用者のハードルが低いのがメリットだが、専門家がまだまだ少ない。親の資産凍結を防ぎ、社会に回るお金が増えれば、経済も良くなるはず」と見ている。
写真=家族信託について説明する西本さん
(ニュース和歌山/2019年5月25日更新)