今回の依頼は和歌山市のY・Uさんから届いた「和歌山城の近くにある坂は、なぜ三年坂という名前なの?」です。
お城と県立近代美術館の間を通る三年坂。地元の人はもちろん、海外からの観光客が歩いているのも目にしますが、なぜあの坂は「三年坂」と名前がついたのでしょうか。
小学生のころ、国語の教科書で、「三年坂で転ぶと3年以内に死んでしまう」といった内容の物語を勉強したような記憶も…。もしかすると、あの物語は三年坂と関係があるのか。和歌山市立博物館で調べました。
写真=和歌山城のすぐ南を通る三年坂
語り継がれた〝さんねん〟話が起源?
三年坂の名前の由来について、和歌山市立博物館の太田宏一学芸員に聞きました。1796年に書かれた『紀街の詠(ながめ)』の中で、昔、折助という女癖の悪い男がおり、夜ごと、あの坂で女の人に声をかけていました。あるとき折助に急用ができ、急いだところ、提灯の火が消え、暗闇の中で転んでしまいました。「作者はその様子を『坂てころんて(坂で転んで)これはさんねん(残念)』と表している」と説明します。
当時の三年坂は今より少し急で、夜は灯りが全くなく、歩くのはとても危険で、人々はそれを伝えるため、「あの坂で転ぶと死んでしまう」と大げさに伝えていったのではないか。そして、最後の「さんねん」が「残念」ではなく「三年」と読まれ、当時の町人の間で、「あの坂で転ぶと三年で死ぬ」と変化したのではないか──と太田さんは推測します。
ちなみに教科書に登場する物語、実は『三年坂』ではなく、『三年とうげ』で、海外の昔話が元になっています。「あの物語は、和歌山の昔話?」とワクワクしていたのですが、どうやら違ったみたいです。これはさんねん。
(ニュース和歌山/2019年7月27日更新)