5月に発生した神戸市須磨区の連続児童殺傷事件以降、田辺署管内に設けられた子どもたちの緊急避難先「きしゅう君の家」が、防犯意識の高まりとともに県内に拡大している。(1997年10月9日号より)

当時、湯浅地区ではきしゅう君を描いたパトロール箱を民家に設置した

 子どもが犯罪に巻き込まれそうになった時の緊急避難所「きしゅう君の家」。通学路にある個人宅や店舗が、助けを求めて来た児童や生徒に代わって警察へ通報する。市町村や各地域の自治会、学校関係者らが警察とともに進める取り組みで、県警のマスコットキャラクター「きしゅう君」を描いた黄色いステッカーが目印だ。

高まる防犯意識

 取り組みを始めたのは1997年、田辺署管内の稲成小学校区だった。この年、神戸市須磨区の連続児童殺傷事件や奈良県月ヶ瀬村で帰宅途中の中学生が殺害されるなど子どもをねらった凶悪な事件が発生した。県内でも不審者や模倣犯の情報が寄せられ、防犯ブザーが売れたり、塾の送り迎えをする保護者が増えたりと敏感になっていた。
 当時、田辺署生活安全課に勤務し、現在は県警本部捜査第一課の森昇治課長(53)は「安全対策に『きしゅう君の家』を始めようと思っていたところ、他県で凶悪な事件が起き、県下で取り組みが進んだ。地域で子どもを守る気運が高まった」と話す。5月に稲成小学校区の60ヵ所で始まった「きしゅう君の家」は、わずか4ヵ月で県内5400ヵ所に広がった。

店舗や個人宅にステッカーが貼られた

 和歌山市内で最初に取り組んだのは鳴滝地区だった。神戸の事件を受け、自治会役員らでつくる地域安全推進員会が和歌山北署と学校や保護者に声を掛け、6月に緊急集会を開いた。予想した100人を上回る260人が集まった。推進員が「地域で子どもの安全を守ろう」と協力を訴え、賛同した86 の民家や商店が「きしゅう君の家」に名乗りを上げた。
 同会の北野全美(まさよし)会長(78)は「各自で子どものことは気にしていたが、警察と学校、PTA、地域が一体となって始めたのはこの時だった」と振り返る。同年7月には他地域に先駆け巡回パトロールを始め、10月には通学路や公園などに危険な場所がないかを点検し、整備した。会員の願いは「鳴滝地区全戸の1500戸、4000人が『きしゅう君の家』であること」だった。

県内16000ヵ所

 「きしゅう君の家」開始から17年。これまで、97年10月に女子高校生が男に抱きつかれ、「きしゅう君の家」へ逃げて助かり、2000年5月に男子小学生が男に「逃げたら殺す」と脅され、駆け込んで難を逃れたなど、年に2、3件の利用事例がある。「きしゅう君の家」からの通報で犯人の逮捕、検挙につながったこともあった。
 97年から「きしゅう君の家」を受け持つ鳴滝地区の堺卓也さん(55)は、玄関に懐中電灯とメモ用紙、地図を常備している。「隣近所に無関心な人が多いと言われる昨今、『きしゅう君の家』をきっかけに小学生の顔が見え、地域との絆が深まった」と語る。 
 パトロール活動を17年間続けている北野会長のもとには毎年、児童から感謝状が届く。「子どもは地域の宝。その宝一人ひとりを皆で守ることで、お互いを意識し、まち全体の防犯になる」
 現在、「きしゅう君の家」は県内16000ヵ所に拡大している。 

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ニュース和歌山2014年8月23日号掲載