今回の依頼は岩出市、中島通隆さんの「なぜ〝六十谷〟というの? 谷が60あったの?」です。
このコーナーに特に多く寄せられる「地名の由来」シリーズ。JRの駅があり、大阪方面に向かう人にはなじみのある名前ですが、難読駅でもあるこの地名、なぜこの名前になったのでしょうか。
その名の通り、60の谷がこの地にあったのか、それとも何か別の言葉が変化していったのか…。
古くから六十谷地区にある射矢止神社の宮司、林純弘さんに聞きました。
〝墓所谷〟では縁起が悪いから変化した
「なぜ〝六十谷〟というの?」。射矢止神社の宮司、林純弘さんに聞いたところ、六十谷と名付けられた時期は分かりませんが、「有功の郷土史に、1192年、田屋村に住む森氏所蔵の文書に〝六十谷〟が登場しているとあります」と教えてくれました。
その文書には、現在の六十谷は昔、〝墓所谷〟と書いて、〝むそた〟と呼ばれていましたが、〝墓所〟の文字は縁起が悪いので、同じ音である〝六十〟(むそ)とし、六十谷と表されるようになったと書かれています。
また、林さんが祖母に聞いた話では、昔は谷が59あり、そこに1つ足して60とし、〝墓所谷〟から〝六十谷〟に変えたのではとの説もあります。
みなさんが住む土地は、昔からその名前ですか? 調べてみると、その地名に詰まった歴史に触れられるかもしれませんね。
(ニュース和歌山/2019年10月12日更新)