巨勢山の つらつら椿 つらつらに 見つつ偲はな 巨勢の春野を  坂門人足

 日差しが明るくなり、ツバキの花が咲き始めると、春の訪れを感じ、何となく心がウキウキしてきます。漢字で木偏に春と書くのもうなずけます。

 ツバキには赤いもの、白いもの、または八重咲きのものなどたくさんの品種がありますが、野山に自生するツバキをヤブツバキと呼びます。花は全開することなく、少しうつむき気味に咲くのが特徴です。ツバキの花びらはつけ根で雄しべと合着しているので、散るときは花ごと落ちます。それで昔の武士の家では「首が落ちる」と言って、ツバキを庭に植えなかったと聞きます。

 花にはメジロが集まり、頭を突っ込んでみつを吸います。その時に受粉がなされます。実はピンポン球ぐらいに膨らみ、やがて3つに割れて黒い種子が顔を出します。これを絞った油が椿油です。私が子どものころは、種の中身を釘などでくりぬいて、笛にして遊んだものです。

 万葉集には、ヤブツバキを歌った坂門人足のこんな歌があります。

 「巨勢山の つらつら椿 つらつらに 見つつ偲はな 巨勢の春野を」

 巨勢山は紀伊と大和の間にある山です。701年の秋、持統天皇が紀伊国に行幸した折に仕えた人足が、春になったらツバキが一面に咲く巨勢の野山を眺めたいものだなあ…と同行の者に呼びかけました。なんともリズミカルな歌ですね。さわやかな春の野に出て、声に出して歌ってみてはいかがでしょうか。 (和歌山県立紀伊風土記の丘非常勤職員、松下太)

(ニュース和歌山/2020年3月21日更新)