君なくは なぞ身装(よそ)はむ 櫛笥(くしげ)なる 黄楊(つげ)の小櫛も 取らむとも思はず 播磨娘子(はりまのおとめ)
ツゲは漢字で「黄楊」や「柘植」と書きます。材がきめ細かく、加工しやすく、仕上がりもきれいなので、昔から櫛や印鑑、将棋の駒など色々なものに加工されてきました。庭木としてもよく植えられます。丸く刈り込んだり、四角にしたりして楽しんでおられるお宅もよく拝見します。
庭木のツゲも、外来のものを除くと、大きく2種類あるのをご存知でしょうか。一つは葉が平らで、それほど葉が密になっていないツゲ。これは本当のツゲで、ツゲ科の木です。それで「本つげ」と呼ばれることもあります。
あと一つは、葉が少しプクッと膨らんでいて、密になっているツゲです。これはイヌツゲで、モチノキ科の木です。
詳しく見ると、ツゲの葉は茎に対して2枚が向かい合って付いている「対生」ですが、イヌツゲは右左交互に付く「互生」です。植物の名前に用いられる「イヌ」という言葉は「本物でない」「役に立たない」などの意味があります。それで本物のツゲに対して、本物ではないツゲということでそんな名前になったのでしょう。
万葉集には播磨娘子のこんな歌が残されています。
「君なくは なぞ身装はむ 櫛笥なる 黄楊の小櫛も 取らむとも思はず」
あなたがいないのなら、どうしてこの身を装いましょうか、化粧箱の中の櫛を手に取ろうとも思いません、という意味です。好きな男性が任期を終えて帰ってしまった寂しさを詠んでいます。好きな人の前ではきれいでいたい、かっこよくしていたいというのは、今も昔も変わらないのですね。(県立紀伊風土記の丘職員、松下太)
写真=庭木でおなじみのツゲ
(ニュース和歌山/2021年8月21日更新)