礒(いそ)の上に 根ばふ室(むろ)の木 見し人を いづらと問はば 語り告げむか 大伴旅人(おおとものたびと)

 ムロノキの現在の名前には2つの説があって、その一つがネズミサシです。「ネズミを刺す」が語源といわれます。実際に鋭い針のような葉をネズミの侵入防止に用いたのかどうかは分かりませんが、面白い名前ですね。でも、肝心の「刺す」という部分を省いて、ただ「ネズ」とだけ呼ばれることもあります。また、盆栽にすると「杜松(としょう)」となります。

 あと一つ、イブキだとする説もあります。この木はお寺に巨木が多く、ビャクシンとも呼ばれます。このように植物学で用いる名前と、園芸、造園での名前はしばしば異なります。

 ネズミサシとイブキは紀伊風土記の丘の万葉植物園入り口から少し入ったところに、1本ずつ並んで植えられており、歌碑も立っています。イブキは巨木になりますが、ネズミサシはイブキほど大きくはなりません。いずれも針葉樹なので、きれいな花も咲かず、特に目立った特徴もありません。雌雄別株で、ネズミサシには雌株に数ミリ程度の丸い実ができます。

 万葉集には、この木を詠った歌が7首ありますが、このうち、大伴旅人はこんな歌を残しています。

 「礒の上に 根ばふ室の木 見し人を いづらと問はば 語り告げむか」

 磯の岩に根を張って生えているムロノキに、一緒に見た妻が今どこにいるか問うたなら、この木は教えてくれるだろうか、という意味です。旅人は少し前に妻を亡くしていて、2人で眺めたムロノキをしみじみと見ながら、亡き妻を偲んだのでしょう。(和歌山県立紀伊風土記の丘職員、松下太)

写真=鋭い葉が特徴のネズミサシ

(ニュース和歌山/2021年9月18日更新)