名草は「なぎさ」が語源との説があります。和歌浦も古来は紀の川の河口に磯、島が連なり、その美しい光景が万葉歌に歌われ、名がとどろきました。和歌山と海は切っても切れません。いや日本人そのものがそうなのでしょう。
イラストレーターのなかひらまいさんと脚本家の原田佳夏さんによる著書『波の地図』(雷鳥社)を読み、その感を強くしました。なかひらさんは『名草戸畔(なぐさとべ) 古代紀国の女王伝説』(スタジオMOG)を2010年に出版しました。古代、和歌山市から海南市一帯を治めていた女王名草戸畔の伝承を知らしめ、ロングセラーとなっています。名草戸畔は地元の劇団ZEROが演劇化し、また小野田寛郎さんが伝承者の一人であったため、今秋は映画『ONODA』の上映で再び注目を集めます。そのなかひらさんが原田さんと波を題材に1冊の本を編みました。
この本が実にユニークです。自然界に存在するものを徹底的に書き写し、分類を図る博物学という分野があり、南方熊楠はその代表の一人です。この本は波の博物学と言っていい内容で、波の多彩な有り様を示す言葉、例えば「千波万波」「男波女波」「逆波」などを網羅し、イラストに文や俳句をそえ紹介します。また、波に関する熟語や科学用語を辞書風に解説します。美しい、乱れ、だらしなさ、広がりと様々な意味で使われる「波」の語の変幻自在さには圧倒されました。
私が一際興味をひかれたのは2章の「波のかたち」。着物や陶器、工芸品に使われてきた波文様の型を教えてくれます。例えば渦巻く流水を描く「観世水」は淀まぬ水のことで清廉、正義を。「波千鳥」は大波も小波も一緒に超える鳥を通じ、夫婦円満や和を、といった風に人間の願いや祈りを波に込めた文様を、なかひらさんが親しみやすいタッチで描いています。なかひらさんは「形のない波を人間は様々に解釈し、形にし、着物など暮らしにそえてきました。改めて日本人は海の民だなと思いました」と話します。
ページをめくっていくと、環境音楽を聴くような心地良さを覚えます。「波と遊んだ本です」と言うように特段何を目指すのでもなく、何かに出会うかもしれないし、出会わないかもしれないといったまさに波間に漂うような感覚に浸れます。これがなんとも豊かです。宮脇書店ロイネット店で販売。1650円。 (髙垣善信・ニュース和歌山主筆)
(ニュース和歌山/2021年10月2日更新)