狭野方(さのかた)は 実にならずとも 花のみに 咲きて見えこそ 恋の慰(なぐさ)に 作者未詳
アケビは林の木に巻き付いて成長するつる植物です。茎は細くしっかりしていて、かごを編む工芸に用いられます。葉はギザギザがなく5枚1組で、手のひらみたいな掌状複葉です。
春まだ早いころ、一つの株に姿や大きさの異なる雄花と雌花が咲きます。秋には細長い卵形の実が茶色に熟し、やがて縦に割れます。中には小さな粒々の白いゼリーのような実が入っていて、とても甘くおいしいですが、ほとんどが種で、もぐもぐ食べられるものではありません。でも、秋の味覚として、また風物詩として親しまれています。
いくつかの種類があり、アケビとともによく見られるのがミツバアケビです。名前の通り葉は3枚1組で、周りには大きなギザギザがあります。実の形はアケビと似ていますが、少し小さめです。
アケビは昔、「さのかた」と呼ばれていて、万葉集にはこれを詠んだ歌が2首だけ残されており、そのうちの1首がこちらです。
「狭野方は 実にならずとも 花のみに 咲きて見えこそ 恋の慰に」
この恋が実らなくてもいいから、せめて姿だけでも見せておくれ、私の恋心の慰めに──。切ない思いを詠った求愛の歌でしょう。この歌へのお返しとして、〝私にはもう決まった人がいるので、今更プロポーズされてもどうすることもできません〟という内容の歌も残されています。興味深いですね。(和歌山県立紀伊風土記の丘職員、松下太)
(ニュース和歌山/2022年3月19日更新)