若者に和歌山での就職を呼びかけるセミナーのチラシにおもしろいデータが掲載されています。初任給やプライベートにさける時間的余裕を、東京や大阪と比較した内容です。
大卒初任給は、和歌山市平均19・0万円、東京21・2万円、大阪市20・4万円と差はあるものの、家賃も新築物件の工事費も都会より安いと和歌山の暮らしの良さをアピールしています。平均釣り時間、テニスコース数の比較もあり笑えます。
目に留まったのは世帯主の通勤時間です。和歌山市の平均通勤時間は23・7分。東京41・7分、大阪市32・0分、全国平均27・6分を下回ります。和歌山市はここから「プライベートな時間が充実できる」とします。
この点は別の可能性を秘めています。哲学者の鷲田清一さんは著書『しんがりの思想』で、コミュニティの力を論じ、それは生きるためにどうしても削除できない活動、老いや病といったいのちの世話に協力しあたることでつくと言います。しかし、現代社会は、人が働く所と住む所が大きく離れたため、日常的に地域の人を気遣うことが減り、いのちの世話をする力が弱まったとします。そのうえで東北の地震で電車が止まり、東京で大勢の人が帰宅難民と化した件をこう言います。「電車が止まったら家に帰れない所で働くことがそもそもおかしいのではないか。帰ろうと思えばお昼に帰れるくらいの距離で勤務するのがまっとうなことで、電車が止まったら家に帰れないということが異様なのではないか」
人にはそれぞれ事情がありますから、極論に聞こえますが、現在の暮らしのいびつさに気づかせる言い回しでしょう。私は会社まで歩いて10分とかからない所に住んでいます。少し前に家族が家でけがをし、連絡を受け、仕事を急きょ休んで救急車を呼び、完璧に対応ができたことがありました。通勤時間23分程度なら、家族の安全安心を保つうえで充分です。これは「プライベートの充実」以上に家族、地域の暮らしを支えるうえでも意味があると言えます。
今週も大雪で、多くの人が駅で立ち往生するニュースが流れ、テレビのコメンテーターは「こういう日は休みにするべきではないだろうか」と話していました。現代が抱えた暮らしの課題を乗り越え、自分たちの暮らしの質をより豊かにするヒントは、地方の当たり前の暮らしの中にありそうです。 (髙垣)
(ニュース和歌山2016年1月23日号掲載)