世界的な博物学者、南方熊楠の生誕150年を記念し、和歌山県内で各種イベントがスタートしています。和歌山市では5日、「熊楠と孫文」をタイトルにオリジナル演劇が上演されました。

 この中で、熊楠が粘菌について言及するシーンがありました。生涯にわたって研究した粘菌は、動物から植物へ姿を変えるような生物で、いわゆる動物や植物という従来の枠組みに収まらない。そんな生物が存在することを自然から学び、また、民俗、宗教、歴史、天文など様々な分野の研究を同時に進めたからこそ、熊楠は独自の世界観を育んだのです。

 劇では「異なるものが集まり、1つの世界をつくる」という熊楠の世界観に孫文が共感し、新たな思想が生まれ来る場面が見せ場でした。民族間の争いが絶えなかった中国で、「違う民族といえども、中国人同士が争うのでなく、1つの中国としてまとまることが重要」と、後の三民主義につながる思想に至ったことが表現されていました。孫文の思想の奥底に、熊楠の存在を見ることができたユニークな視点と言えます。

 近年、日本でも性的少数者を表すLGBTのように、人と異なることや少数派に対する差別をなくし、受け入れを進めようとする動きが大きくなっています。実際、LGBTの言葉自体はかなり定着しました。ただ、気をつけなければならないのは、LGBTが強調される背景に、現実には受け入れがまだ進んでいない面があることです。

 それどころか、世界的にはアメリカ大統領に就任したトランプ氏に代表されるように、異なるものを排除する風潮が強くなっているのもまた、現実です。アメリカだけではありません。イギリス、フランスなどの大国でも同様の傾向が見えます。

 多様でなく画一は、安心感、安定感につながります。自分と同じような姿、考えを持つ人たちの中で生きていれば、確かに楽でしょう。しかし、そこに成長はありません。画一化、排他的風潮が強まれば、一時的には安心、安定するかも知れませんが、同時に個々の孤立につながる。排除された側には、修復できない傷が残ってしまう可能性はあります。

 こんな時代だからこそ、劇が放つメッセージが心に響いたのでしょう。和歌山が生んだ異才の思想、世界観に目を向けることが、これからの指針になるとの思いを強くしました。(小倉)

(ニュース和歌山より。2017年2月11日更新)