和歌山市の増田泰久さん(74)は15年ほど前から本腰を入れ、加太湾でウミウシの観察を続けています。小学校教員をしながら、タマキビガイの全国分布を調査してきた増田さんは、定年退職を機に「長靴で入れる範囲の観察」と決め、加太の磯に通います。
加太は転石が豊富と言います。干潮時に磯に入り、転石を裏返し、水に浸します。すると、小さく動く生き物が見えます。大きさは数㍉、大きくても1〜2㌢です。ウミウシは貝の仲間ですが、水から出すと、形が崩れます。細心の注意を図り観察し、その姿を写真に収めます。
昨年まで確認したのは約140種。図鑑でおなじみのアオウミウシやシロウミウシはもちろん、ホリミノウミウシやハクセンミノウミウシの仲間で、まだ和名のない種も数種発見しました。ガンモンフシエラガイやサキシマミノウミウシ(写真上)ら南方系の種との遭遇もありました。
観察に一段落つけ、増田さんは最近、生態の観察に力を入れています。今冬にはオカダウミウシ(同下)が交接し、産卵する姿にふれました。ウミウシはプランクトンとして生まれますが、この種は親と同じ幼体として生まれます。産卵から2週間後、わずか1㍉弱の赤ちゃんが卵から出てきました。「顕微鏡でみると、親と同じかわいい姿でしたよ」とほほえみます。
また、加太の豊かさを増田さんは強調します。全国的に防波堤と消波ブロックが広がり磯が減る中、「加太は波打ち際までの岩礁性の自然海岸が残っています。ウミウシも田辺市の天神崎より種が多いと感じています」。
反省です。加太を近くの海と当たり前に見ていました。「観察は根性がいりますが、石の裏には小さな物語があります。気付いたら面白いし、海を守る気持ちになります。時々、石を裏返したまま帰る人がいます。必ず元へ戻して」と増田さんは呼びかけます。
ウミウシは色彩の鮮やかさから「海の宝石」と呼ばれます。小さな命が織りなす物語を知れば、その輝きはおろそかにはできません。人にはそんな心があります。知ることの大切さを痛感します。(髙垣善信・本紙主筆)
(ニュース和歌山/2020年6月6日更新)