「なんて立派な猫なんだ。人なつっこいし、知らない人が近づいても逃げない。ふつうの猫ならこうはいかないだろう」
先月22日に亡くなった和歌山電鉄貴志川線のたま駅長。和歌山電鉄の小嶋光信社長は初めて見た時、そう思ったそうです。
たまは、南海電鉄時代の貴志駅隣の売店で飼われていた猫でした。貴志川線が和歌山電鉄に移る際に、飼い主が飼育場所に困り、小嶋社長に相談したのが出会いでした。
たまの快進撃に改めてふれる必要はないでしょう。国内外で話題になり、多くの観光客を呼びました。マイクを向けられると、ほぼ確実に「ニャー」と鳴き、和ませてくれました。私自身もあれほどきれいな三毛猫は見たことがありません。たまは遠くから来た人に会いに来て良かったと思わせる不思議な魅力を持った、まさに招き猫でした。
私はたま駅長を見る度、ビジネス書などで有名な「計画された偶発性理論」を思い出しました。これはクランボルツというアメリカの心理学者の理論で、成功した数百人のビジネスパーソンを調べると、その80%は自らの努力より、偶然の出来事によりキャリアを形成していると分かったのです。そんな成功につながる偶然に出合った人々の心理的な傾向を分析すると、そこに共通点がありました。
「面白そうという好奇心を大切にする」「粘り強く納得いくまであきらめない」「オープンマインドで、ピンと来たらすぐ動く」「楽観的」「リスクを恐れない」。こういった姿勢が良き偶然を導くと析出しました。
猫の居場所を相談され、もし閉じたマインドなら、「そんなの、あかんよ」となるでしょう。そうならなかったのはたまの存在感、そして小嶋社長の好奇心を大事にする姿勢がありました。それに貴志川線存続に向け粘った住民の強い意志もありました。そういった心が響き合い、たま駅長という奇跡が生まれたのではないでしょうか。
6月28日にお葬式が開かれました。猫のお葬式に3000人もが集まり、悔やむというのは大げさな言い方ですが、かつて日本の歴史にあったでしょうか。「忠犬ハチ公」のように、ぜひとも和歌山電鉄にはたまの思い出を保つことをしてほしい。ローカル線再興の立役者というだけでなく、幸福を招く心のあり方を教えてくれる猫として多くの人の記憶に留まることを祈ります。合掌。(髙垣)
(ニュース和歌山2015年7月11日号掲載)