木の国和歌山が育んだ伝統的工芸品「紀州箪笥」。和歌山市のシガ木工社長の志賀啓二さん(71、写真)は技を守りつつ伝統に新風を吹き込みます。今年度の和歌山市文化表彰文化功労賞を受賞し、「創意工夫こそ私たちの伝統。時代が求めるものを常に察知したい」と前を向きます。

 江戸時代の和歌山市は、山から切り出された木材が紀の川を通じ運び込まれる材木の集積地でした。江戸末期の小梅日記にも「三丁目へたんす見にいく」と記され、そのころはもう箪笥の産地でした。

 大阪への交通網が整った大正期に最盛期を迎え、1925年には全国2位の生産を記録。桐箪笥は湿気の多い季節に水分を吸い、乾燥時に出し、湿度を一定に保ちます。火災時も「身を焼き中身を救う」と言われ、中でも紀州箪笥は繊細な美しさで高級家具として名をはせました。

 シガ木工もルーツは大正です。志賀さんは18歳から父のもとで修業を始めました。業界の活性化にも力をそそぎましたが、戦後、二つの節目に直面しました。一つはライフスタイルの変化です。箪笥を嫁入り道具として買う慣習自体が薄まり始めたのです。そして95年の阪神淡路大震災。それ以降、住宅会社はクローゼットの提案を始め、外国製品も増えました。

 87年に国の伝統的工芸品の指定を受け、桐箪笥一本に絞ってきた志賀さんにも打撃でした。今も腰より高い箪笥は売れにくいのが現状です。しかし、そんな苦境をしのぐもう一つの伝統がシガ木工にはありました。志賀さんの父が常々語った〝創意工夫〟です。

 バーナーで表面を焼き、木目を模様として浮かび上がらせる「焼桐」、塗装に使う「砥の粉」に色を施し、洋室に合う彩り豊かな箪笥に仕上げる技法。漆や柿渋で独特の風合いを醸すなど他にない技を凝らした箪笥は、展示会でお客さんの足を止めます。

 すべて大阪や首都圏の展示会で立ち、お客さんの声を直に受け生み出した技です。「何が求められているか、先に見抜き創意と工夫で新しい箪笥を生む。先回りしてこそ伝統は生きる」と語ります。

 「家に箪笥がある暮らしは残ると思う。完璧なものをつくるのは難しいが、喜んでもらえるものを目指すのが原点。毎日が挑戦です」。攻めてこその姿勢が伝統の未来を拓きます。 (髙垣善信・本紙主筆)

(ニュース和歌山/2021年3月6日更新)