そこは小さな一軒家の裏にある、小さなお庭。真っ白な毛並みがとても綺麗(きれい)なお母さん犬が、お腹にいる子犬たちを出産しています。新しい生命のために、彼女は頑張っているのです。
「……!」。1匹目の子犬が生まれました。お母さんにそっくりの真っ白な子犬。そのかわいらしさに、彼女は優しく子犬を舐(な)めてあげました。続いて2匹目、3匹目の子犬も生まれました。小さな庭が新しい生命の温かさで満たされていきます。
そして彼女は最後のひと踏ん張りで最後の子犬を生みました。幸せな気持ちで彼女は末っ子の子犬を見ました。……彼女は驚きました。その子犬は真っ白な毛並みではなく、たった1匹だけ白と黒のぶち模様だったのです。
それから1ヵ月ほど経つと、4匹の子犬は庭で遊ぶようになりました。たった1匹、ぶち模様の末っ子ソラは、4匹の中でも一番元気。そんな姿をお母さんは優しく見守ります。彼女にとってソラは、とても愛おしい存在でした。でもそれと同時に、ソラの将来が不安でもありました。
月日が流れると、小さな庭は少し寂しくなりました。今ここにいるのはお母さんと立派に成長したソラの2匹。他の3匹は数ヵ月前に来た人たちにもらわれていきました。ソラにとって大好きなお母さんといられるのは幸せでした。でもそれ以上に、自分も庭を出てどこか遠くに行ってみたいと思っていました。
ある日、ソラはお母さんに尋ねました。「どうして僕は誰(だれ)にももらわれないの?」。ソラはこの質問をもう何十回も聞きました。でも何回聞いても、お母さんの答えは同じ。「ソラにはここにいてほしいの。それだけでお母さんは幸せよ」。いつもはこの答えを聞いてソラの心は満たされます。お母さんに必要とされている、と。
でもこの日のソラは違いました。今まで溜(た)め込んでいた思いが爆発してしまったのです。「……お母さんはいつも同じ事しか言わないじゃないか!」。彼女は驚きました。ソラの顔がいつもと違います。そう、それは立派な大人の顔でした。「僕は、自分だけ誰にももらわれない理由なんてわかってる。僕はみんなと違って白と黒のぶち模様だ!」
ソラにとってぶち模様は大きなコンプレックスでした。「僕はこんな小さな庭にいたいとは思わない、外に出たいんだ!」「……ソラ!」。お母さんは必死にソラの名前を呼びましたが、手遅れでした。ソラは軽々と庭のフェンスを飛び越えたのです。子犬の時には大きな壁だったフェンスも、成長したソラには意味がありませんでした。
ソラは初めて、一人で庭の外に出ました。ソラはわくわくしながら歩き続けました。少しすると周りが騒がしくなってきました。さっきより人は多いのですが、すれ違う人々はソラを避けて歩いていきます。ソラはなぜか心に穴が空いたような気持ちになりました。ふと、あの小さな庭とお母さんを思い出します。ここは人が多くて賑(にぎ)やかなのに、何かが足りない。ソラはそれが何なのか考えました。
その時です。大きな音が辺りに響き渡りました。ソラは驚いてすぐに立ち止まり、音の方を向きました。見ると、大きなトラックがソラに向かって近づいていました。早く走り出さないと。そう思っても体が言う事を聞いてくれませんでした。足が震えて動けません。ソラは怖さで目を閉じました。
ドンッ。ソラに何かが当たって、体が空中に投げ出されました。地面に落ちてゆっくりと目を開けると、そこには笑顔のお母さんがいました。目から涙が溢(あふ)れ出しました。お母さんの愛がソラを助けたのです。
その後、お母さんは優しく話しました。「ソラは嫌いかもしれないけれど、私はそのぶち模様がとっても大好きなの」。今まで自分のぶち模様を好きになったことがないソラには不思議でたまりません。「あなたのお父さん……、天国へ旅立ってしまったけれど、素敵なお父さんだった」。そう話すお母さんはすごく幸せそうでした。「すごく優しかった。そして……誰よりもかっこいい、真っ黒な毛並みをしていたの」
ソラはとても驚きました。「私はあなたのぶち模様から、いつもお父さんを思い出すの。きっとあなたは、お父さんがくれた最後の贈り物だと思うから」。ソラの心は幸せで満たされました。それからソラはぶち模様をとても誇りに思いました。
今、ソラはお母さんと小さな庭で暮らしています。その小さな庭には、人で賑わう街にはない、確かな愛の温もりがありました。
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漫画家、いわみせいじ審査員…ヒトは成人するまで、いろんな悩みや壁にぶつかるものです。私自身の中学、高校時代もそうでした。この物語に出てくるソラもまた、成長に伴い悩み、反抗的にお母さんの元を飛び出します。この童話は中学3年生の作者がソラを通じて我々に送ってくれたメッセージ…。そう感じながら読ませてもらいました。
(ニュース和歌山/2018年2月10日更新)