ここはやよい時代の日本です。「いたぞ。イノシシだ」。ピューン、ピューン。矢の音が近くでする。チェッ、きづかれたか。
ぼくは、イノシシ。田んぼのみのったイネを食べてたら、ふいに人が出て来て、ぼくを殺そうとしている。だから今にげている。よくこんな風に矢を人間はうつけどいつも当たらない。にげればいいだけだ。ピューン、ドス。あっ、矢が足にささった。ぼくは転んでしまった。しゃ面をころころ転がった──。
「イノシシ君、おきて」。気が付くと、そこは小屋の中。少年が立っている。ぼくはびっくりして、立ち上がろうとした。ドテン。足がすべった。動けない。「矢がささっているから、無理しないで」と少年に言われた。ぼくはわすれていた。
ドシ、ドシ。少年は、あわてて言った。「人が来る、かくれて」。ぼくは、少年のねどこにしているわらの中にかくれた。少年はすわった。「おい、小ぞう。イノシシを見つけたか」。強そうな男が問いかけた。すると少年は「いや、見ませんでしたよ」と答えた。男は去っていった。少年はふう、と、ため息をつくと、ぼくに、「大じょう夫、もう出てきていいよ」と言った。ぼくは出て、落ちたわらをもとの場所にもどした。
そういえば、この小屋の中は少年一人だ。ぼくが首をかしげていると、「ぼく、親がいないんだよ」と少年が言った。目がうるうるしていた。この村が別の村におそわれたとき、両親が殺されたそうだ。ぼくは少年がかわいそうになった。しかし、イノシシだから人間としゃべることができないので、はげますこともできない。そんなぼくがくやしかった。
ある日、この村が大変なことになった。「となり村がおそってくるぞ。かなり強いそうだ」。みんなは戦いの用意をした。少年も手伝った。
次の日、となり村がせめてきた。戦う少年の村の人達。ぼくはどうしていいか分からなかった。その時、少年を見つけた。てきと刀で打ちあいをしている。少年は刀をはじきとばされそうになった。ぼくは、少年を助けるため、勇気をふりしぼって走った。少年は刀を取り落としてしまい、てきに刀でさされそうなところだった。ぼくはてきに体当たりした。てきはとばされて、ぐったりとたおれた。ぼくはつかれきった。その時、たくさんの矢がぼくの体にささった。ぼくはうめき声をあげてたおれた。血がたらたら流れた。
目をあけると朝になっていた。村人はけが人を治したり、死んだ仲間に最後のお別れをしたりした。「まだイノシシ生きているぞ」。村人が言うと、少年が泣きながら近づいた。「もう死んじゃったかと思ったよ」と、ぼくに語った。どうやら少年の村が勝ったそうだ。ぼくはほっとして目をつむった。もうぼくは動けない。しかし、少年が生きていて幸せだった。ぼくはだんだん体力を失い、やがては死んでしまった。少年と村の人はぼくのために泣いてくれた。
ぼくは今、天国で少年を見守っている。もう少年は大人になっている。そんなある日、少年に子どもが出来た。ぼくはうれしくなった。おめでとう。
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児童文学作家、嘉成晴香審査員…荒々しいイノシシと、死と隣り合わせの時代の厳しさがテンポよく描かれています。最後に、かつての少年の子どもが生まれ、愛情のバトンがうまく次の時代へ運ばれる様をイノシシの目を通して書ききったことに拍手を送りたいです。
(ニュース和歌山/2019年1月12日更新)