hituzi

 ひつじが一匹、ひつじが二匹。僕たちを呼ぶ声が聞こえてくる。今夜も眠れない人がいるみたい。「仕事の時間だ、さぁ、並べ!」。リーダーひつじの声が野原いっぱいに響き渡った。

  ひつじたちの群れに混じって不安げに辺りをキョロキョロ見回しているのは、小さな小さなひつじのハル。ハルにとっては、これが生まれてはじめての仕事でし た。「こんなに短い足じゃあ柵を飛び越せないよ、きっと引っかかっちゃう」と、弱気なハルは今にも泣き出しそうな顔をしました。その間にもひつじたちは整 列を終え、仕事先へと行進し始めています。ハルも、そのあとを慌てて追いかけました。

 彼らが向かうのは、ユキという一人の少女のもとでし た。明日は友達と遊ぶ約束をしていたにもかかわらず、ユキは眠れないままでいたのです。そんな時、ひつじを数えると眠ることが出来るという話を少女は思い 出しました。本当か嘘(うそ)かはさておき、少しだけ試してみようと、ユキはゆっくり目を閉じました。家族を起こさないよう、ユキは静かな声で、「ひつじ が一匹、ひつじが二匹……」と数え始めました。不思議なことに、ユキの真っ暗なはずの視界にはひつじたちの姿が見えていました。

 大人のひ つじたちは軽々と柵を飛び越えていきます。自慢げに笑う彼らを見て、ハルは絶対に飛び越えてやる!と意気込みました。百十二匹、百十三匹……。百二十番目 のハルの出番はもうすぐです。ハルは思い切り、牧草の生い茂る地面を駆け出しました。きっと出来る。そう思い込もうとするほど、彼の心には不安が広がって いきます。

 最初は大きなひつじと負けず劣らずの速さを誇っていた足も、柵との距離が近くなってくると少しずつ遅くなり、ついにはおじけづ いて柵の一歩手前で立ち止まってしまいました。与えられた仕事を果たすことが出来なかったという悔しさと申し訳なさからか、ハルはぽろぽろと涙をこぼしな がら、「ごめんなさい、やっぱり僕には駄目でした」と皆に謝ります。もともと穏やかな性格のひつじたちは怒ることなく、ハルを優しくなぐさめました。  それを見ていたユキは、ハルに声をかけます。「私、どうしても眠れなくて…。一人じゃあ心細いの。一緒に眠ろうよ」「…いいの?」ハルは恐る恐る問いか けました。仕事を成し遂げることの出来なかった自分に新たな仕事を与えてくれるというのです。「うん、お願い」。そのユキの言葉に、一にも二にも飛びつい たハルは満面の笑みを浮かべ言いました。「ありがとう!」  ユキが目を開けた時、ハルは横にいました。「おやすみ、ハル君」と話しかけると、ハルは嬉しそうに「おやすみ、ユキちゃん」と返しました。独りではない という安心感と温かさは、いつの間にか一人と一匹を眠りに誘っていました。

 次に目を開けたのは、翌日になってからのことでした。ふと隣を見てみると、そこには既に何もなく、いつも通りの光景があるだけで。ユキは驚いた後、少しだけ笑いました。「また一緒に眠ろうね」

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児童文学作家、嘉成晴香審査員…お話の出だしがいいですね。頭の中で柵を跳び越えてくれるより、私なら1匹目から、一緒に寝てくれるハル君がいいなぁ。読後、こんなことを考えました。ハル君が一人前になる前に、うちにも来てくれないかなぁ。

(ニュース和歌山2015年2月7日号掲載)