歴史を学ぶだけでなく、ウォーキングや犬の散歩と、地域住民の憩いの場としても利用される和歌山市岩橋の紀伊風土記の丘。今回の質問は、この敷地や周辺にある古墳群について、和歌山市のS・Yさんから届いた「岩橋千塚と言いますが、岩橋の古墳はいくつあるの?」です。

 「塚」とは、小さく土を盛ったお墓を指します。ということは、岩橋千塚には「1000の塚」があるのでしょうか? 紀伊風土記の丘に聞きました。

写真=復元された前方後円墳

 


 

約900基。県内最大の古墳群

 「岩橋千塚と言いますが、岩橋の古墳はいくつあるの?」。和歌山市岩橋の紀伊風土記の丘資料館に聞いたところ、「現在確認されている古墳は約900基です」とのこと。うち約500基は見学できるそうです。

 古墳群は4世紀初頭から7世紀にかけて、当時、紀の川の河口一帯を治めていた豪族、紀氏が造ったものです。中でも大日山35号墳という前方後円墳は3段で構成され、一番下の段は全長105㍍あります。ここから出土した埴輪は国重要文化財に指定されています。

 また、和歌山県内では現在1600基の古墳が確認されており、この半分以上が岩橋千塚に集まっています。

 明治時代に、紀州徳川家15代当主、頼倫による初の調査が行われました。その前、江戸時代に発行された『紀伊続風土記』で岩橋村について書かれた部分に「村の南山に古墳多し」と紹介されており、大昔から知られる古墳群と言えます。

 現時点で1000には足りませんが、この先さらに調査が進むと、新たに古墳や貴重な遺跡が見つかるかもしれません。太古の昔から眠り続ける見たことのない重要文化財がまだまだあるかも…。歴史ロマンは止まりません。

(ニュース和歌山/2021年4月10日更新)