妹(いも)が見し あふちの花は 散りぬべし 吾が泣く涙 いまだひなくに 山上憶良(やまのうえの おくら)
センダン(古名=あふち、おうち)は5〜20㍍と大きくなる木で、郊外はもちろん、市街地でも見ることができます。「栴檀(せんだん)は双葉より芳し」ということわざがあるので、「せんだん」との木があることはご存知かもしれませんが、その栴檀と、これから紹介するセンダンは全く違う木です。
栴檀はビャクダンという香木で、南の国から輸入され、珍重されました。でも、このセンダンはそんな貴重なものではなく、ごく普通の身近な木です。葉はとても大きく、1枚の葉が細かく切れ込む2回または3回複葉で、夏には大きな木陰を提供してくれます。初夏に紫色の花が枝先にかたまって咲き、秋には黄色い実をたわわに付けます。
有名な博物学者、南方熊楠が臨終の床で、「天井におうち(センダン)の花が咲いている。医者が来ると花が散ってしまうので、医者を呼ぶな」というような事を言ったとの有名な話があります。熊楠が亡くなったのは12月ですから、もちろんセンダンの花は咲いていませんが、そんな幻でも見たのでしょうか。
万葉集には山上憶良のこんな歌があります。
「妹が見し あふちの花は 散りぬべし 吾が泣く涙 いまだひなくに」
愛しい妻が見たセンダンの花はもう散ってしまったことだろう。私の悲しみの涙はまだ乾いていないというのに…との意味です。これは憶良が大伴旅人(おおとものたびと)に贈った歌といわれています。妻が亡くなり、まだ悲しみが癒えていない旅人の心情を詠っています。(和歌山県立紀伊風土記の丘職員、松下太)
写真=5月初旬、咲き始めのセンダン。高い所に咲くので、気付いていない人が多いかも
(ニュース和歌山/2021年5月15日更新)