岩代の 浜松が枝(え)を 引き結び ま幸(さき)くあらば またかへり見む 有間皇子
御苑生(みそのふ)の 竹の林に うぐひすは しば鳴きにしを 雪は降りつつ 大伴家持
春されば 先づ咲く宿の 梅の花 ひとり見つつや 春日(はるひ)暮らさむ 山上憶良
和歌山県立紀伊風土記の丘職員、松下太さんによる人気連載「ふとし先生と行く万葉植物散策」。今回は新年にあたり、「松・竹・梅」が詠まれた3首を紹介いただきます。
松
マツは古来より縁起のよい木、おめでたい木とされ、人々に親しまれ、庭木や盆栽、防風林と、様々に利用されてきました。
万葉集にはマツを詠んだ歌が 70首以上も残されていますが、その中から、和歌山を舞台に有間皇子が詠んだ一首を紹介します。
岩代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば またかへり見む
私は岩代の浜にある松の枝を結んだ。もし無事ならば、また帰って来て、この松を見よう──。中大兄皇子らの陰謀により、白浜に送られる有間皇子の絶望的な心境を詠んだ歌と言われています。
写真=風土記の丘には観賞用に植栽された大きな大王松はあるが、自生のアカマツやクロマツは細い木がほとんど
竹
イネ科のタケは、木のように見えて、他の木とは雰囲気が違うし、かといって草でもなさそうで、改めて考えると不思議な植物です。
庭に植えて観賞したり、タケノコを食用としたり、竹細工のほか、ざる、かご、ほうきといった生活用品の材料に使われたりと、人とのかかわりが深い植物です。でも今では、労働力の不足などが原因で、放置された竹林が周りの森林や耕作地に侵入し、社会問題や環境問題に発展している場合もあるようです。
万葉集には大伴家持のこんな歌が残されています。
御苑生の 竹の林に うぐひすは しば鳴きにしを 雪は降りつつ
ご庭園の竹林ではウグイスがしきりに鳴いているのに、雪はまだ降り続いている──との意味で、冬から春に向かう季節の移ろいを感じさせますね。
写真=風土記の丘ではマダケやモウソウチクが見られる
梅
ウメは雪が降るような寒いころから咲き始め、春の訪れを告げる花の一つで、特に和歌山の南高梅は全国に知られています。
見た目も香りもよく、果実は食用になるので、昔から人々に好まれた花で、万葉集ではこの花を詠んだ歌がなんと100首を超えます。その中に山上憶良のこんな歌があります。
春されば 先づ咲く宿の 梅の花 ひとり見つつや 春日暮らさむ
春になると一番に咲き始めるウメの花を眺めながら、一人でゆっくりとすごそう──。ゆったりと落ち着いた心境や季節感を味わえる歌ですね。
写真=風土記の丘には紅梅、豊後梅などがある。写真の白梅は例年、2月中旬に見ごろを迎える
(ニュース和歌山/2022年1月1日更新)