吾が門の 榎の実もり喫む 百千鳥 千鳥は来れど 君ぞ来まさぬ 作者未詳

 木偏に夏と書くと「榎」という漢字になります。読み方は「えのき」ですね。夏に外を歩いていて木陰を見つけると、つい立ち止まってしまいます。

秋には多く付ける実も、8月は目立たない

 エノキに限らず、大きな木は私たちに涼しい木陰を提供してくれますが、その中でもエノキは枝の張りがよく、その陰が大きいので、この漢字は本当によくできていると感心します。

 江戸時代の街道には1里ごとに「一里塚」が設けられました。和歌山市の四箇郷にある一里塚にはクロマツが今も立っていますが、全国的に見るとエノキが植えられていた一里塚も多かったそうです。多くの旅人がその大きな木陰でしばし旅の疲れを癒(いや)し、また旅立って行ったことでしょう。

 雑木林や公園などでごく普通に目にする身近なアサ科の落葉樹です。秋にはたくさん付いた小さな丸い実を目当てに、多くの鳥が集まってきます。そしてそのころから葉が色づき、冬には全て落としてしまいます。すると、夏には気づかなかった、複雑に枝分かれした独特の樹形が見えてきます。その冬木立の景色もまた風情があります。

 万葉集に残るエノキを詠んだ歌は、作者未詳のこの1首だけです。

 「吾が門の 榎の実もり喫む 百千鳥 千鳥は来れど 君ぞ来まさぬ」

 私の家の門に植えてある榎の実をついばみに、たくさんの鳥は来るけれど、肝心のあなたは来てくださらないと、切ない気持ちを表現しています。(和歌山県立紀伊風土記の丘職員、松下太)