山振の 立ちよそいたる 山清水 汲みに行かめど 道の知らなく 高市皇子

 春のはじめ、まだ少し寒さが残っているようなころから花を咲かせるヤマブキ。絵の具の「やまぶき色」の語源になったバラ科の低木です。黄色でもなし、だいだい色でもありませんが、きれいな黄色であることには違いありません。感性豊かな私たちの先祖は、微妙な色の違いを感じ取っていたのですね。

春、枝の先端に黄色の花を付ける

 ヤマブキといえば、「七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに なきぞかなしき」という歌と、これにまつわる太田道灌(どうかん)と村の娘さんの逸話を思い出す方も多いのではないでしょうか。貸してさしあげる蓑(みの)がないことを、実のならない山吹の花に例えて詠んだ古歌です。道灌はヤマブキの小枝を差し出した娘さんの意図を知らなかったことを恥じ、歌の勉強に励んだそうです。でも、ヤマブキにはちゃんと実ができます。ただ、八重咲きの花(ヤエヤマブキ)には確かに実ができないのです。作者はこのヤエヤマブキを詠ったのでしょう。

 万葉集には高市皇子がヤマブキを詠んだ歌があります。 

「山振の立ちよそいたる 山清水 汲みに行かめど 道の知らなく」

 ヤマブキがきれいに咲き誇っている山の清水を汲みに行きたいけれど、道を知らないのです──との意味です。でも、この歌には深い意味があって、ヤマブキの黄色と、清水の泉で、「黄泉(よみ)の国」、すなわちあの世を表しています。黄泉の国に行った人にもう一度会いたいけれど、その方法がないのですと、亡くなった人を偲(しの)ぶ悲しい歌です。

(和歌山県立紀伊風土記の丘職員、松下太)

 ※今回で終了します。ご愛読ありがとうございました。

(ニュース和歌山/2023年3月18日更新)