町を歩いていると、「これってなんでこうなってるの?」と、ちょっと疑問に思うことに出合ったり、気付いたりしますよね。今回は、和歌山市のペンネーム、イカウボンさんの「和歌山市新生町のイズミヤ和歌山店は、国体道路側から入ると古いレンガの土台や壁があります。以前は何があったの?」です。

建物よりも明らかに古く見えます

 家族連れでにぎわう同店。国体道路側から店舗前駐車場に向かうと、地面が少し高くなっています。その土台や壁は確かに年季の入ったレンガ。これは一体なぜなのでしょうか…? 

空襲で焼けた紡績工場の名残

 「和歌山市新生町のイズミヤ和歌山店にある古いレンガの土台や壁。前は何だったの?」。新南地区に90年間住んでいる中尾年男さんに聞くと「昔、あの場所には紡績工場がありました。レンガ造りの壁や土台はその時の名残です」とのこと。

 1945年7月9日、和歌山大空襲で市内の中心部が爆撃を受け、工場の建物はおろか、市街地は一面焼け野原となりました。しかし、壁と土台は残っています。終戦後、工場跡は米軍の駐屯地として利用されました。小学5年だった中尾さんは「チョコレートをくれたり、ジープに乗せてもらったり、米兵たちとよく遊んでいました」とにっこり。

 その後、再度紡績工場が建てられましたが、82年にイズミヤが開店、現在に至ります。何気ない風景の中に、戦争のつめ跡を残す場所が、まだあるんですね。

(ニュース和歌山/2023年9月30日更新)