絵は、江戸時代後期に有田の段々畑でみかんを収穫している風景です。
有田地方は、降水量が少なく日照時間が長い、日当りのよい斜面が多いなど気候や地形地質に恵まれ、古くからみかん栽培が盛んでした。山頂部や尾根には樹木を残して水源を涵養(かんよう)し、土壌浸食を防ぎ、斜面には石垣をきれいに積んで土砂の流出を防いでいます。
有田みかんは皮が薄く、適度な甘さと酸味を兼ね備え、江戸で人気がありました。秋から冬の熊野古道を歩くと、山の斜面にはたわわに実ったみかんの橙色と葉の深緑色が目に鮮やかに映ります。
絵図では、みかんは枝からはさみを使って一つずつていねいに取り、竹を編んだ籠に入れています。その籠を四つか六つ、オウゴ(天秤棒)で担いで山を下りています。今なら黄色のコンテナに入れ、モノレールや一輪車で家まで運び、トラックで選果場へ搬入しますが、昔はすべて手作業で大変でした。
こうしたみかんの収穫風景は、有田の人々がみかんの栽培を継承し、山や段々畑を維持管理して、今日まで護ってきた文化的景観です。
画=岩瀬広隆、彩色=芝田浩子
(関西大学非常勤講師 額田雅裕)
(ニュース和歌山/2023年10月28日更新)