和歌山県の郷土伝統工芸品、紀州雛。産地である海南市黒江の販売店では年明け以降、品切れ状態が続く。唯一、製造していた絵付け師が昨年末で廃業したためだ。存続が危ぶまれる中、紀州漆器協同組合青年部のメンバーがその伝統を継承しようと立ち上がった。同組合の田村彰男専務理事(67)は「下地となる木地づくり、漆塗りとも一人前になるには10年は必要と言われる中、若手が熱心に取り組んでくれている。何年かかるか分かりませんが、何らかの形で復活させたい」と話している。
紀州雛が生まれたのは1933年。漆器の産地、黒江の土産になるものをと発案された。漆塗りや蒔絵(まきえ)など伝統的な技術を生かして、一体ずつ手描きで丁寧に仕上げられた表情はやさしくほほえむよう。2004年には県知事指定郷土伝統工芸品となった。
製造技術を受け継ぐ3代目から組合に相談が寄せられたのは昨年夏。これまで塗りを依頼していた職人が都合で仕事を受けられなくなり、代わりの人を探したいとの内容だった。別の組合員が試作に取り組んだものの、特有の色合いを出すのが難しく、費用面でも折り合いが付かなかったことから、3代目は昨年末に組合へ廃業届を提出。加えて、木地を作っていた大分県の職人が80代半ばと高齢で、依頼できてもあと数年だと分かった。
16年度、海南市は「伝統技法養成事業」を予算化し、組合はその委託を受けていた。紀州雛の伝統を絶やさないため、これを活用し、青年部有志を対象にした研修を1月に開始。週2回、下地塗り班と木地班に分かれて集まる。
下地塗り班は、1996年まで海南市にあった県漆器試験場の元技術者に学ぶ。黒江でも近年は木でなくプラスチックに、漆の代わりに合成塗料を、はけを使わずスプレーガンで吹き付ける方法が主流。真剣な表情で作業していた町田智哉さん(29)は「普段の方法に比べ、工程も、使う道具も多い。良い物を作ろうと思うと時間と手間がかかります」。
一方の木地班は、木地を削る刃物作りからスタート。船尾にある鍛冶工房を借り、自分たちで熱した鉄を打ち、4本を完成させた。また、今年2月には両班の有志で大分県の木地師を訪ねた。その際、海南市唯一の木地師、島圭佑さん(27)は自ら削った試作品を持参。「微妙な差でおひな様が太って見えたり、いかつく見えたりと難しいですが、試作品を見てもらい、お墨付きをいただけた。知識と技術を深めていけば、紀州雛にたどり着けると思います」と自信をのぞかせる。
同組合によると「紀州雛」の名称は海南市外のある業者が商標を取得しており、3代目は承諾を得て制作していたものの、今後もこの名を使えるかどうかは分からない。青年部の現役メンバーと共に取り組むOBの池原弘貴さん(47)は「『黒江雛』『黒江人形』…。違う名前になっても、昭和初期からの伝統を守っていきたい」と意気込む。
海南市で2、3月の恒例となった紀州海南ひなめぐりは、紀州雛をヒントに企画された。実行委員長の東美智さん(61)は「古い物を守るのは大事。一方で、新しい人が新しい物を生み出すと、それが地域への愛着になる。新しいおひな様も楽しみです」と期待している。
写真中=ヒノキのヘラで下地を塗る練習、同下=自分たちで作った刃物をテスト中
(ニュース和歌山より。2017年4月1日更新)