食事の際、食べ物の一部が気管に入り込んでしまう誤嚥(ごえん)。高齢になるほど起きやすく、日本人の死因3位の肺炎につながる危険性が高い。和歌山県内の老人ホームで口腔ケアのボランティア活動を10年続けた和歌山市の歯科医師、笠原直樹さん(66)が、飲み込む力をつけるトレーニングボトル「タン練くん」を開発した。9月1日(土)に販売を始め、「誤嚥の苦しみを味わわず、自分の口で食事を楽しめるよう役立てて」と望んでいる。
歯科医師の笠原直樹さん〜誤嚥予防に訓練器具開発
30年間、同市新庄で笠原歯科医院を構え、現在は岩出市で特別養護老人ホームを営む笠原さん。県内の中山間地にある老人ホームで歯の磨き方を10年間指導し、口腔ケアの難しさに直面した。歯科衛生士がきれいにしても、毎日磨く本人の腕がなかなか上達せず、誤嚥すると、増殖した口内細菌が原因で炎症を起こし、肺炎になる人がいた。
厚生労働省によると、肺炎で年間約12万人が亡くなっており、96%が65歳以上。死因別にみると全世代で3位、90歳以上では2位になる。誤嚥性肺炎は重症化すると死に至ることもあり、笠原さんは「誤嚥性肺炎になって、口で食事ができなくなった人の多くは活力を一気に失います」と話す。
笠原さんは、誤嚥の原因が舌の筋力低下にあると考え、3年前にトレーニング器具の開発に乗り出した。これまで棒状の訓練具はあったが、異物を口に入れることに抵抗を感じ、継続できない人もいたため、ほ乳瓶のような形にすることで、水を飲む動作の中で鍛えられるよう工夫した。
シリコン製の吸い口の先端に小さな穴があり、そこから水を飲む。舌を前後に動かさないとうまく吸えない形状で、しばらく吸っていると舌の筋肉が凝ってくる。県嚥下研究会と共同で試作品を使い、舌の筋肉の強さを計ったところ、毎日3分、3ヵ月続けた98歳の女性は7・7㌔パスカルから20・0㌔パスカルへ、89歳男性は7・0㌔パスカルから35・5㌔パスカルへ上がった。
7月から使う宮谷忠征さん(88)は「毎日これで茶を飲みます。ご飯を食べる時に舌を動かしやすくなりました。食事は楽しみの一つで、自分の口で食べ続けられるよう使っていきます」と笑顔を見せる。
5月には特許を取り、7月末までインターネットで開発資金の一部を募るクラウドファンディングを行ったところ、「親に贈る」という人や、「誤嚥性肺炎で弱っていく利用者を見てきたので力になりたい」という看護師らから出資を受けた。
今後、ゼリー状の食事に対応した吸い口も開発する計画。笠原さんは「国は入院患者を減らすため、口腔機能の維持と回復といったリハビリに力を入れていく方針で、タン練くんはその流れに合っている。手足だけでなく、舌の筋肉も鍛えれば、自分で食べる力がつき、食事介助をする介護職員の負担軽減にもつながるはず」と力を込める。
練習用の小容量(30㍉リットル)と、大容量(200㍉リットル)の2タイプ。各4298円。笠原歯科医院(073・477・2222)、岩出市金池のあおば薬局(0736・61・7111)ほかで販売。
写真=笠原さん(左)とタン練くんを持つ宮谷さん
(ニュース和歌山/2018年8月11日更新)