元高校教諭 梶川哲司さん新著
岩出市の元高校教諭、梶川哲司さん(68)が『夏目漱石の和歌山 来和事情をめぐって』を10月26日に出版した。1911年に和歌山を訪れ、県会議事堂で有名な講演「現代日本の開化」を行った漱石。その漱石の関心や謎を読み解いた。梶川さんは「文芸と歴史において和歌山がいかに豊かな場所なのか知ってもらえる」と話している。
漱石の思想にひかれてきた梶川さん。高校教諭時代に教材として漱石の作品を使う一方、和歌山漱石の会の読書会に参加し研究を重ねてきた。
その中、関心は「漱石と和歌浦」にしぼられた。和歌山を講演先にした理由や宿泊先の変更、小説『行人』での和歌浦への触れ方など論点は多く、梶川さんは漱石の足取りや人間関係を追い、成果を2年かけまとめた。
最も力を入れたのが第5章「漱石を和歌山へ誘ったもの」。小説『行人』の登場人物たちが家族旅行の行き先を和歌浦に選ぶ際の会話に、浄瑠璃『卅三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)』で歌われる木遣り音頭「和歌の浦には名所がござる。一に権現、二に玉津島、三に下り松」にふれているのに着目した。
『吾輩は猫である』にも三十三間堂建立伝説をもとにした浄瑠璃「柳」を評価するくだりがあり、「エレベーターなど文芸の聖地に不釣り合いな観光開発への関心と同時に、浄瑠璃に歌われた名所をこの眼で見たいという漱石の和歌山への思い入れを感じる」とみる。
また、「『卅三間堂〜』は、熊野と和歌の浦の世界が重なる別離の物語。こんなにすごい作品が和歌山で知られておらず、これをぜひ地元の人に知ってもらいたい」と強調する。
このほか、和歌山へ至る明石、堺の講演内容や、和歌山市出身のジャーナリスト、杉村楚人冠と漱石との関係、和歌浦での漱石の宿舎変更の背景をとりまく人間関係から考察し、近代化する社会への漱石のスタンスを明らかにしている。
「和歌山講演は内容だけ見ても分からない。当時開発が進み始めた和歌の浦、その時和歌の浦に居合わせた人たちとの対比で読んでこそ奥行きが分かる」と話し、「書き終えて和歌山の素晴らしさをもっと勉強したいと思った。漱石と和歌山の絡んだ妙、縁をさらに解きほぐしたい」と意気込みを新たにしている。
四六判、420㌻。2200円。宮脇書店ロイネット店、同書店和歌山店、宇治書店で販売。
(ニュース和歌山/2019年12月14日更新)