「地方創生」の声が聞こえている。人口の減少、独居世帯の増加、産業の衰退と地方が置かれた厳しい現状に政府がようやく重い腰を上げた形だ。これに先んじ、和歌山では再生可能エネルギーや農業、そして市街地活性化と具体的な課題に真正面から向き合いながら、地域の可能性を大きく開花させようと動き出した人たちがいる。取り組む分野は違うものの、彼らがみすえるものは同じ、和歌山が和歌山であり続けること。突き進む3人が抱く未来図をともに仰いだ。
暮らしたくなるまちへ
わかやま地元力応援基金専務理事の有井安仁さん(38)は、市民活動を支える基金づくり、災害ボランティアの支援、商店街活性化と様々な地域の課題解決に関わってきた。急激な人口減少が進む中、今はエネルギーを軸にした新たな仕組みをつくり、〝地域の自給力アップ〟に活路を見い出す。目指すのは、「暮らしたくなる和歌山」だ。
有井安仁
PLUS SOCIAL 取締役
わかやま地元力応援基金 専務理事
原点は訪問理美容
「目の前に悩みを抱えている人がいたらほっとけない」——。空き店舗が増えるみその商店街では、自らの事務所を置き、14のNPOや社会福祉法人を誘致。現在は商店街協同組合の理事長となり、商店街の再生を図る。東日本大震災発生時には、和歌山から支援に行きたいが活動資金が足りないボランティアを応援する「支える人を支えるネットワーク」を発足。寄付金を募り、複数の団体を東北へ送り出した。
社会の課題に関心が向いたのは、美容師として22歳の時に立ち上げた訪問理美容サービスの経験からだった。来店が困難な高齢者や障害者の自宅に出向き、散髪する中で、難病やひきこもり、家庭内暴力など皆が百人百様の悩みを抱えていることを知った。「個人に関わり解決しようとしても限界がある。問題を抱える人を支える仕組みをうまくつくれば、大きく解決するのでは」。社会の課題にアプローチする時、その背景や土台を変える仕組みをまず構想するようになった。今、その目は、地方の衰退そのもの、人口急減時代における和歌山の未来に向けられている。
強く豊かな地域を
昨年5月の日本創成会議。人口減少問題検討分科会が発表した2040年時点での消滅可能性自治体リストには、県内23市町村が上がった。こんな中、有井さんが力を入れるプロジェクトは「社会的投資」と呼ばれる社会をよくする新しい資金の流れを日本につくること。そのひとつが、取締役を務めるプラスソーシャルで龍谷大学らと印南、串本など5ヵ所に設置した全国初の地域貢献型メガソーラーだ。同大、発電事業者らが協同で建設し、売電収益の一部を市民活動に寄付する。
こういった社会的投資が増えると、人口減少に伴い自治体の税収が減少しても、子育て、福祉、教育など住民の暮らしを支える市民団体への支援が可能になる。エネルギーを地域で自給するだけでなく、それをまちのつながりへと変える、画期的な取り組みだ。「エネルギーと食糧、そして人のつながりを地域の中で自給できれば、景気や経済動向に左右されない強くて豊かな地域になる。この基盤をつくるには、仕組みを動かす資金の流れが必要」と構想。「食もエネルギーも自給できない東京でなく、誰もが暮らしたいまちに和歌山がなる」と力が入る。
昨年10月には、和歌山市の内川を10年かけて透明な川にすることを目標に「ミズベリング和歌山」を立ち上げた。水質浄化活動や水辺でイベントを行う計画で、勉強会を月2回開き、市民の水辺への関心を引き起こす。「街中の川が美しくなれば、誰だって周辺に住みたくなる。本質を変えると、和歌山のブランド力が上がり、人は集まる」
「和歌山こそ未来」。確信に満ちた言葉は既に若者を引き寄せている。
写真中=ミズベリングの勉強会
地方の未来耕す農業
「優しい自然の味がする」「都会にはないおいしさ」——。過疎化が進む紀美野町で農園を営む宇城哲志さん(40)は、2013年、ジェラート店「キミノーカ」を同町三尾川に開店した。自家製の野菜と果物の風味や食感を生かしたジェラートは瞬く間に評判となり、昨年11月にはJR和歌山駅ビルに2号店をオープン。高齢化に後継者不足と問題が山積する農業の世界に、新たなブランド化で希望の光を灯している。
宇城哲志
キミノーカ オーナー
野菜ジェラート
柿と山椒畑が広がる山間にたたずむキミノーカ本店。山椒とホワイトチョコ、干し柿と白ワイン、ちりめんキャベツとブラックチョコ…、木目調の店内のショーケースには、6種類のユニークなジェラートが並ぶ。どれも旬の野菜や果物を使って宇城さんがレシピを考案している。ミルクの優しい甘さの中に、山椒やキャベツの素材の味がしっかり際立つ、農家ならではのジェラートだ。
就農したのは6年前。大学進学で和歌山を離れ、卒業後は県外の証券会社で働いた。「農業は飲食や加工、観光業と組み合わせれば市場は広がるのに、手をつけている人が少ない」。農業にビジネスチャンスを感じ、34歳で脱サラを決意。地元に戻り、父の畑を継いだ。
就農後、5年間は栽培に徹したが、作業しながら農業の効率化や、ビジネス展開に頭を働かせていた。同時に、過疎化が進む生まれ育った町への思いもあった。紀美野町の人口は9883人(14年10月現在)で、この10年で約2割減少。過疎化が深刻な課題だ。「この町に雇用と産業を生み出したい」。3年前に開業を決意。少量多品目を育てる農園の強みを生かせ、都会にはない田舎の農家ならではの味を表現できる、ジェラートに希望を託した。
結果、「過疎の町で農家が斬新なジェラートを作っている」と口コミで話題となり、テレビや雑誌の取材が殺到。和歌山だけでなく京阪神からの客も多く、初年は30000人、昨年は43000人が訪れる人気店になり、町に人が集う一角をつくった。
市場拡大へ
県内の農業従事者は年々減少を続け、10年は約36000人、うち60歳以上が7割を占める(グラフ)。県農林水産部の経営支援課は「新規就農者は微増しているが、収益を上げられず3年で挫折する人が多い。3割が定着すればよい方」と嘆く。Iターンで農業を志す若者が、宇城さんの活躍を知り相談に来る。「地方に価値を求める若者が増えた。熱意だけでなく、続けることを前提に計画を立ててほしい。同じように田舎で商売する人が増えれば町がにぎわい、地域に持続性が出る」と期待する。
和歌山駅ビルに開いた2号店は、ジェラートとともに紀美野町で育てた野菜も販売する。年配者や高校生の客が多く、人気は上々だ。街中でも、ジェラートが農作物の魅力を再認識させている。
今は、体験学習や観光業と連携させ、農業の幅をいかに広げれば生産規模を拡大できるか構想している。「和歌山は大阪や神戸の大都市や、海外市場につながる関空に近い。まずは個を強くすること。そうなれば、農業の可能性はさらに広がる」。農家としてのプライドが地方の未来を耕す。
写真上から順に=宇城さんのちりめんキャベツ畑/JR和歌山駅ビルの2号店/大阪からのリピーターも多い紀美野町本店
リノベーションで商店街再生
古い建物の味わいを残し、新たな価値をつけて再生させるリノベーション。その手法でぶらくり丁の空き店舗を改装し、にぎわいを取り戻そうと和歌山市府中でにこにこのうえんを営む吉川誠人さん(39)が立ち上がった。昨年10月に空き店舗の所有者と出店希望者を結ぶ管理会社「紀州まちづくり舎」を設立、今年2月にはぶらくり丁に農園直営レストラン「石窯ポポロ」をオープンさせる。中心市街地再生へ、新たな挑戦だ。
吉川誠人
紀州まちづくり舎代表
ぶらくり丁に1万人
石窯で焼いたピザに有機無農薬の野菜、手作りのアクセサリーや石けん…。昨年5月、ぶらくり丁で開かれたポポロハスマーケットは、〝手作りと地球や身体に優しいロハス〟をコンセプトにした50店が並んだ。企画の中心を担ったのが吉川さんだ。「大型ショッピングセンターやチェーン店と同じ物を売っても意味がない。手作りの、ここにしかない物を並べたかった」。この日、ぶらくり丁に集ったのは1万人。久々のにぎわいだった。
マーケットの開催は、同市が2月に開いたリノベーションスクールへの参加がきっかけ。空き家や有効利用されていない公共スペースに手を加え、今までと違う用途で再生させ、街のにぎわいにつなげる。「人口が減少する今、新しい物を『造る』のではなく、既にある物を『使う』時代」。環境に配慮した自然農を進める吉川さんに、リノベーションの考え方は深く響いた。
昨年10月、スクールの仲間とともに市堀川沿いで第2弾となるマーケットを開いた。街中を流れる内川を街の個性として生かすのがねらいだ。川でのカヌー体験を企画すると、定員オーバーになるほど予約が入った。2度のマーケットは、「市街地ににぎわいを取り戻せる」と自信につながった。「マーケットはステップで、ゴールは空き店舗のシャッターを開けること」と強調する。
レストラン開業
ぶらくり丁は、商店主の高齢化や後継者不足、人通りの激減などで空き店舗が増えている。中心市街地の空き家を調査する市民の力わかやまによると約4割が空き店舗で、「借り手を募る所有者もいるが、なかなか見つからないのが現状」だ。
昨年10月に吉川さんが立ち上げた「紀州まちづくり舎」は、不動産会社の経営者やビジネスコンサルタントがメンバーに加わった。空き物件の所有者と出店希望者を仲介するだけでなく、店舗改装の方法や経営についてもアドバイスする。今年2月からはマーケットをぶらくり丁で毎月第2日曜に定期開催する予定で、手応えを感じた出店者に、ぶらくり丁への店舗開業を促してゆく。
まずは自らが第1号店になろうと、2月に農園直営レストラン「石窯ポポロ」を開業。服の生地店だった空き店舗を大工とともに改装中だ。昨年末に壁のしっくい塗りや天井に和紙を貼るワークショップを開き、古い建物を自己流に改装する楽しさを伝えた。
「ぶらくり丁での挑戦を見せることで、1でも多くのチャレンジャーが出てほしい。郊外で農地をつぶして新築を建てるより、今ある物の価値に気付き、活用する人が増えれば、和歌山はもっとおもしろい街になる」。街の未来に悲観はない。
写真中=昨年5月に開いたマーケットは1万人を集客した