当事者ら作業所「てとて」開設 多様な症状 受け皿は地域
高次脳機能障害(※)をはじめとする中途障害者向けの共同作業所「てとて」が15日、和歌山市里に開所した。同様の作業所は県内2例目で、一昨年に交通事故で高次脳機能障害を負った同市の内田嘉高さん(42)らが準備を進めてきた。内田さんは「この障害は見た目では気付きにくく、本人や家族も原因が分からないまま悩んでいる人が多い。地域とのかかわりの中で当事者の居場所づくりにつなげたい」と話している。
2年前、バイクで転倒した内田さん。あご骨折と脳挫傷を負い、昏睡状態が4時間続いた。退院後、しばらく自宅療養したものの、医師や看護師の言葉をすぐ忘れ、文章を書くのに時間がかかるなど違和感があり、病院で精密検査を受けたが、原因は分からなかった。
2ヵ月後に職場復帰。仕事中に電話を取るとそれまでしていたことが思い出せず、周りの会話を聞いていると仕事の手が止まってしまう。「症状を訴えても家族や職場仲間など身近な人は皆、『大丈夫だ』と取り合ってくれない。ストレスがたまり、惨めになりました」。本で高次脳機能障害を知り、言語聴覚士に診てもらうと、記憶力と注意力の低下が判明。医師の診断には1年半の経過観察が必要で、計算や暗記問題で頭のトレーニングをしながら、仕事を続ける。
当事者になって気付いたのが、高次脳機能障害の認知度の低さ。一見、ケガや病気が治っているため、周りはもちろん本人さえ気付きにくい。当事者や家族でつくる和歌山脳外傷友の会家族会の内藤友香子さんは「10年以上気付かず苦労した人もいます。分かっても障害を受け入れられず、引きこもる人もいる。周囲の理解が大事」と話す。
患者は全国に50万人といわれるが、支援機関は少なく、県内の行政による窓口は9年前に県が設置した1ヵ所のみ。民間の専門作業所は17年前に開設された同市中之島のワークショップ・フラットだけだった。施設長の山本功さんは「当初は中途障害者全般向けでしたが、今は利用者の半数以上が高次脳機能障害。元々健常者なので支援制度をあまり知らず、作業所への通所に抵抗を感じる人もいる。そうした人たちの居場所が少ない」。
当事者の多くは、知的や精神障害者向けの作業所に通うが、症状が一人ひとり異なるため適した環境でない場合がある。専門施設の必要性を感じた内田さんは、勤め先の和歌山高齢者生活協同組合に相談し、山口地区で地域づくりを行う同組合が「てとて」を開設した。
「てとて」は、中途障害者が日中、就労訓練をする作業所で、利用者は粗品を包装し、おしぼりをたたむ。高齢化が進む周辺地域の1人暮らしのお年寄りらから、買い物や病院への同行、農作業など様々な困りごとを聞き、利用者の障害特性に合った仕事づくりを目指すのが特徴だ。
作業スペースの隣に設けたカフェで住民との交流を図り、障害への理解を広げる。管理者の柏木克之さんは「元気な高齢者にもかかわってもらい、生きがいづくりや介護予防につなげる」。内田さんは「生活を支える担い手として、高次脳機能障害者が仕事を通じて社会参画していく場にしたい」と描いている。
てとて(073・461・6756)。
写真=仲間と作業をする内田さん(中央左)
※高次脳機能障害…事故や病気で脳が損傷し起きる中途障害。見えない障害と言われ、失語、注意力低下、感情コントロールができないなど、症状の重さや種類は様々。
(ニュース和歌山/2017年5月27日更新)