和歌山ブランドの日本酒造りをバックアップしようと、和歌山県工業技術センター(和歌山市小倉)は熊野古道で発見された古道酵母を、より香り高い成分を生むよう改変に成功した。リンゴや洋なしを思わせる香り成分を従来の7倍以上発する酵母を2株確保し、現在、県内の酒造会社で商品化が試みられている。「和歌山の材料のみを使う〝オール和歌山〟の酒造りにつながれば」と関係者からは期待の声が上がっている。
古道酵母 吟醸香高く開発〜和歌山県工業技術センター 特産酒 商品化後押し
米、水、麹とともに日本酒の醸造に欠かせない酵母。自然界に存在する微生物で、アルコール発酵を促し、香りを醸す成分を生む。かつて多くの酒蔵では、蔵にすんでいる酵母を使っていたが、現在は、大半の酒蔵で日本醸造協会の酵母を用いている。
自治体の研究機関が独自に地域性のある場所から酵母を分離し、酒造りやパンに利用する例は多く、近年では奈良で、大神神社のササユリから酵母の分離に成功した。
和歌山県工業技術センターは和歌山酵母やウメ酵母など4種類をオリジナル酵母とし、企業に有料で分けており、酒造りに一役買う。
その一つが古道酵母だ。同センターは2004年、熊野古道、梅の花、黒潮の流域と和歌山をイメージさせる場所で酵母を探索した。147株のうち、中辺路の古道で発見した酵母の一つに日本酒のレベルまでアルコールを発酵する力があると確認。試作で味も安定しており、古道酵母と名付けた。
当初はこれをもとに酒造3社が商品化。「熊野紀行」を販売している尾﨑酒造(新宮市)の尾﨑征朗社長は「熊野に根ざした酵母と聞き、ぜひとも商品化したいと思った。より個性を際立たせるため乳酸菌を生かす山廃仕込みで毎年造り、主にお土産として親しんでもらっています」と語る。
その後、日本酒のトレンドは変わった。現在はフルーティーで香り高いものが好まれ、吟醸酒が人気となった。「古道酵母の酒はしっかりとした味だが、吟醸香は高くなく、今風とは少し違う。香りが良くなれば、利用も増すと考えました」と同センターの藤原真紀主査研究員。3年前から従来の古道酵母をもとに新酵母の開発を始めた。
これまでの酵母に紫外線をあてて育種し、突然変異を促して約200株の中からリンゴや洋なしのような香りを放つ「カプロン酸エチル」をより多く産むものを選別した。中から従来の酵母より同成分を7倍、10倍生む株の確保に成功した。試験的な醸造をへ、𠮷村侑子研究員は「アルコールも出ていて、願い通り香りも高かった。野生酵母に強い酢酸も抑えられた」と手応えを得た。
昨年8月には企業説明会を行い、活用を呼びかけた。新しい酵母でも試作する尾﨑酒造の尾﨑社長は「できあがりを見て、今の『熊野紀行』をふまえ、どんな位置づけで商品化するか考えたい。今後、水、米、酵母と熊野一色の日本酒につながり、ありがたいです」と話す。𠮷村研究員は「今は商品化を待つ段階です。続いてバナナのような香りを放つ酢酸イソアミルを多く生む酵母に取り組んでおり、和歌山オリジナルの酵母をバラエティ豊かにし、活用してもらえるようにしたい」と望む。
かつて同センターの研究員として最初の古道酵母を発見した、わかやま産業振興財団新規事業支援コーディネーターの池本重明さんは現在、県酒造組合連合会の技術顧問も務める。池本さんは「和歌山の酒は、辛口とも甘口とも違う、味わいある〝うま口〟が特徴です。和歌山のものでつくるオール和歌山の酒造りを求める声がある中、香りで特徴のある酒が生まれ、レパートリーが増えるといいですね」と期待している。
写真=香りを確かめる研究員の𠮷村さん(右)と藤原さん
(ニュース和歌山/2021年1月30日更新)