代々継承される伝統技術を守ろうと奮闘する、和歌山の4人の匠を紹介。技の粋とその心根に、存在感が光ります。【「其の弐」は1月4日号に掲載します】
干物づくり 灰から炭へ
紀州高下水産 高下 昭人さん(43)
塩干物専門店の3代目として家業を継いで18年。独自開発した技術「紀州備長炭干し」の干物で、全国の舌の肥えた人たちを唸らせています。
以前は、九州の火山灰を使った灰干し干物を扱っていましたが、他店と差別化できないことが悩みでした。そんな時、知り合いの備長炭職人から、灰と備長炭の特性に共通点があると聞き、「干物に使えるかも」とひらめいたのがきっかけ。試行錯誤の末、備長炭の吸水性と脱臭力を生かした「紀州備長炭干し製法」を編み出しました。
「砕いた備長炭で魚をはさみ、水分を丁寧に抜いていきます。風に当てずに仕上げることで、ふっくらとした食感が生まれます」。ジューシーなうまみを味わってもらうため、塩は控えめ。初代から伝わる干物の技をさらに進化させたこの技術には、和歌山らしさという付加価値が光ります。
「漁獲量が昔の10分の1に減った今、一尾一尾を慈しむ心で仕上げることが大切。備長炭も希少となり苦心しますが、おいしい干物づくりのためこれからも続けます」
コロナ禍以降、焼き干物のレトルト化にも挑戦中です。「焼きたてが一番おいしい。でも忙しい平日は手軽にレトルト、休日はじっくり焼いて時間を楽しむといった、状況に応じた『魚のある食生活』を提案します」。確固たる矜持にニーズを重ねながら、新しい魚食文化を切り拓きます。
◎1981年、和歌山市生まれ。智辯学園和歌山高校時代に甲子園出場。山口の徳山大学も野球部。大手食品スーパーの水産部門で3年間勤務し、25歳で家業に入る。2015年に株式会社化し、代表取締役社長に就任。
鮮やかさと強さ 幻の器
根来塗師 松江 那津子さん(43)
朱塗りの漆器「根来塗」は、主に社寺や上流階級の人たちの食器、家具として作られました。特徴は、塗り重ねた下地による強度と、上塗りした朱の鮮やかさ。使い続けると上の朱が減って下の黒が模様のように現れ、愛着と味わい深さを醸し出します。約400年前に途絶えましたが、根来塗師・池ノ上辰山さんが技法を復興。伝統工芸と認められました。
美術館で目にした根来塗が印象に残っていた松江さん。「習ってみよう」と2013年、池ノ上さんの講座に参加しました。ところが、下地から上塗りまで一人で行うだけでなく、道具も自作。当初は小刀をうまく使えず、ヘラを作ろうとして手を傷だらけにしたことも。習得すべき技術が多く、修業と呼べそうな厳しい内容に時にくじけそうになりながらも、「師の作品の美しさに見惚れるうち、次第に熱中するようになりました」
根来塗は仕上げ磨きをしないため、表面に漆の塗り跡が残ります。この微妙な器ごとの違いが作家の個性。「思いを込めたひと塗りに出る『自分らしさ』にやりがいを感じます。ぜひ塗り跡に着目してください」
漆下地で強度を上げた根来塗は、沸騰した湯を入れても割れず、また角が欠けにくく、何百年と使えるところが「中世の幻」と呼ばれる所以です。「技術を向上させ、時代に合った器を手がけていきたい」と使命を語ります。
◎海南市生まれ。大阪府立大学(現大阪公立大学)農学部で木を学ぶ中で、漆器に魅了される。2013年、根来塗の市民講座に参加。15年から池ノ上辰山氏に師事し、直弟子に。現在、岩出市で根来塗の講師と創作活動に励む。
(ニュース和歌山/2025年1月1日更新)