代々継承される伝統技術を守ろうと奮闘する、和歌山の4人の匠を紹介。技の粋とその心根に、存在感が光ります。【其の壱」は1月1日号に掲載しています】

 

刷毛運びに 魂込めて

伝統工芸士 東 ちあきさん(42)

 「家具のあづま」で12年間の修業を経て2022年、「紀州箪笥」(塗装部門)の伝統工芸士に認定。紀州箪笥では初の女性伝統工芸士です。

 「桐は不思議な素材。視界に入ると自然と背筋が伸びる存在感と、私たちを優しく守ってくれるまなざしも感じます。そして、触れると温かく柔らかい。桐の箪笥に癒しを感じる人は多いです」。小さなころから手仕事が好きで没頭するタイプ。3人の息子を育てつつ、紀州箪笥の伝統工芸士で5代目の夫・福太郎さんに付いて修業しました。

 塗装には京都・山科でしか採れない貴重な砥の粉と、ヤシャブシの煮汁を合わせた染料を用います。湿度や気温によって仕上がりが変わる繊細な作業で、空気が変化する午後3時以降は避けるとの言い伝えを頑なに守ります。「美しさを決めるのが塗り。配合の分量が違えば色が汚くなり、刷毛(はけ)運びに迷いがあるとムラになります。やり直しができない緊張感のある作業で、スピードと正確さ、思い切りが重要です」

 消費者ニーズが変化し、婚礼箪笥を用意する人が減っています。まずは素材を知ってもらおうと、桐の特性を活かしたグラスや皿などを開発。小物作りでも桐と向き合い、同じ技を使って仕上げます。

 調湿性に優れ、大切な衣類を次世代まで守る桐箪笥。この伝統を未来につなぐ挑戦が続きます。

◎滋賀出身。京都の服飾メーカーでデザイナーとして勤務後、2005年、結婚を機に和歌山へ移り住む。嫁ぎ先の『家具のあづま』で育児と両立しながら修業を積み重ね、女性初の「紀州箪笥(塗装部門)」の伝統工芸士に認定。

 

 

革新のコバルト加工術

菊井鋏製作所 菊井 健一さん(37)

刃付けを担当する社員の小杉圭司さん

 祖父・喜代次さんが創業し、70年余り。理美容師のためのハサミブランド「キクイシザース」を、研究を重ね、磨き上げた技で盛り立てます。

 1973年、世界で初めてコバルト基合金でハサミを作るという革新的技術から誕生した「コバルトシザー」は、耐久性に優れ、サロンの湿気や薬剤にふれてもさびにくく、良質な切れ味を誇る看板商品です。「特別な研石や高度な加工が必要ですが、お客様の声に応えるため、溶接から最後の仕上げまで自社一貫で行っています」。使いやすさやこだわりを徹底的に追求するオーダーメイドも好評です。

 人手不足の中、祖父から受け継いだ加工術を安定して伝えるため、分業とローテーションで製造する仕組みを確立。職人同士が互いの工程を意識し合う〝思いやりの技〟で次世代へつなげます。

 2024年に定めた経営理念は、「髪を切る職人と、ともに在り続ける」。髪のプロにふさわしい、一生物の道具作りのために心がけているのは、細やかなコミュニケーションと情報収集。近年は、SNSで採寸や聞き取りを行うなどスピード感も重視し、満足度の向上に役立てています。

 「『新しいハサミは大安の日に下ろします』と言っていただけたことも。ありがたくて背筋が伸びます」

 世代を超えて生き続ける技は、きょうも確かな輝きを放っています。

◎1987年、和歌山市生まれ。京都大学工学部卒業と同時に入社し、2016年、28歳で3代目として事業承継。 22年に「和歌山ものづくり文化祭」の発起人となり、 異業種と手を携え、新たな価値観を生み出す土壌構築に奔走中。

(ニュース和歌山/2025年1月4日更新)